Vol.1 がんばったって無駄

事例


(事例1)
私は以前勤めていた企業で社員育成の企画や運用の責任者をしていました。社長と私の2人からスタートした会社でしたが気がついたら人数も20人近くに増えたこともあり、それまで自主性に任せていたのですが、通年での目標設定を社員全員に実施してもらうことにしました。私は責任者として若い人たちの目標設定のフォローなどしていたのですが、どうしても目標設定ができない、なんとか目標設定をしても行動できない、そんなメンバーが数人ですがいました。

(事例2)
私が農家さんでの研修を始めて2週間くらい経ったころ、19才くらいの若者が研修生になりたいと来ました。来た当日一緒に作業したのでお昼休みとか色々と話しかけましたがほとんど返事をしない、やる気があるのか無いのかよく分からない若者でした。そして、その日の帰り際に農家さんにガソリン代を持ってないので貸して欲しいと5000円借りて帰り、次の日から来なくなりました。

事例1と事例2は例として並べるには根の深さがだいぶ違っていはいますが、どちらも「がんばったって無駄」「自分は変われない」といった思考が根底にあると思います。(本人たちに直接は聞いてはいないことは、念のため書いておきます)

ちなみに、この話をVol.1で紹介したのには理由があります。私がコーチングを学び、ポジティブ心理学を学び、レジリエンスを学び、そして個人事業を始め、講座を始めたのは、このような「もったいなー」と思う人生を送っている人を変えることができないか? それが私の原点になっているからです。相手からしたら単なるお節介かもしれませんけど、実は変わりたいと思っている人はたくさんいると思って活動しています。

 

種とり


マーティン・セリグマンという方がいます。ポジティブ心理学の父と言われる世界的に超有名な心理学者です。そのセリグマン氏の研究の成果に「学習性無力感」というものがあります。詳しくはオプティミストはなぜ成功するかという書籍に書かれています。超簡単に説明すると、初めのうちは努力をして行動していても、失敗が続くとやがて無力感を学習して行動を起こさなくなってしまう、つまり「無力感を学習する」という内容です。事例1で目標設定ができない、目標設定をしても行動できないというメンバーは、それまで成功体験を得ることなく、あるいは成功体験はあったけどそれが成功体験だと気付かずに来てしまったのだと思います。自分に自信が持てていないと自分で実現したことでも「たまたま」と感じたり、「たいしたことない」と感じたりしてしまうからです。特に日本は欠点を指摘する文化が根強くあるため、強みより弱み、成功より失敗に目が行きがちで、その結果その人の自己効力感を下げてしまうことがよくあると思います。(自己効力感は心理学用語ですが、”自信”と置き換えて考えて頂いて大丈夫です)
ちなみに、学習性無力感はうつ病の研究から発見されたものですが、このような「がんばっても無駄」という思考が根底にある人は、軽度の学習性無力感と言って良いのではと、菅原は考えています。

また事例2の若者はそもそも貧乏な家庭で育ったと思われ、生い立ちが厳しかったことが想像できます。その結果、やはり自己効力感が持てず、自分の力で人生を変えることができるという思考が持てないのだと思います。

このように無力感を学習してしまい「がんばったって無駄」と思っている人たちが変わるのは簡単では無いと思います。もちろん心理学のプログラムで改善や予防をする方法はあります(その話は別の機会にまたお伝えしたいと思います)。ただし、日本では子供向けのプログラムでもまだ一般的ではありませんし、特に大人になってからだと心理学のプログラムを受ける機会もなかなか無いと思います。しかも大人になると思考も凝り固まってしまって心理学のプログラムを受けたところで「自分には関係無い」と思う人も多いと思います。

そのように大人になってからでも変わるためには、小さな成功体験を得て、それが素晴らしいことだと周りの人が認めてあげて、自己効力感を少しずつ高めていくことが必要で、そのためには熱心にサポートする人が身近にいることが大切だと私は考えています。もちろん何でも褒めれば良いという話ではありません。でも「仕事だからやって当たり前」といった考えで接するのでは無く、労いの言葉をかけたり、努力したことを褒めたり、その人の長所や強みを見つけてそれを積極的に活用できるようにサポートする。仕事であれば一緒に働く上司や同僚、家庭であれば親またはパートナーといった身近な人が熱心にサポートすることで人は変わると思います。

私はレジリエンス講座を開催していますし、できる限り受講いただく方のサポートをしたいと思いますが、一緒に働いているわけでは無く家族でも無いので、長く丁寧にサポートすることが難しいのが実情です。やはり一番大事なのは身近な人の熱心なサポートだと思います。そういった意味でも多くの方にレジリエンスについて知って頂きたいと思います。