Vol.4 先の見えない暗闇を歩き続けている

事例


IT業界では入社2〜4年目くらいで大きなプロジェクトに配属され、心が折れてしまい、最悪の場合は会社に来られなくなって休職あるいは退職となってしまうエンジニアが時々います。他の業界についてはあまり詳しく無いですが社会人になって初めて大きな仕事に配属された時に心に大きな負担を抱えることはあるかと思います。
私の知り合いであるA君も2年目に配属されたプロジェクトで心が折れてしまい、そのまま会社を辞めてしまいました。会社を辞める前に上司と話しをした時に「先の見えない暗闇を歩き続けているようだった」と言っていたそうです。
私自身も社会人2年目に配属されたプロジェクトで同じく暗闇を歩き続けている感覚になる経験をして、心が折れかかりました。幸い折れずに乗り越えられたことで逆に大きく成長できましたが、紙一重だったと思います。成長のためには大きなチャレンジをすることが大切だと思いますが、心が折れてしまって辞めてしまっては元も子もありません。

 

種とり


マーティン・セリグマン氏とその共同研究者は次のことを発見しました。
「誰が無力になり、誰がレジリエントだったかを決めた重要な要因は、どのような逆境の類だったかではなく、人々がその逆境についてどのように説明をしたかだった」(レジリエンスの教科書より引用)
例えば「仕事でミスをした」という逆境を招いた時。「やっぱり俺はダメなやつ」と説明する人と、「今回は気を抜いてミスしてしまった」と説明する人。前者は無力感に襲われそうですよね。自分自身に「ダメなやつ」というラベルを貼ってしまっているので改善しようとかもう一度チャレンジしようという気持ちも湧かないと思います。一方で後者は今後気を抜かずに注意して仕事に取り掛かるでしょう。これが「逆境についてどのように説明をしたか」の一例です。

さらに、この逆境に対する説明は一人一人習慣があり(パターンと言った方が分かりやすいかもしれませんね)、それを説明スタイルと言っています。そして逆境に対して次のような説明スタイルを強く持っている人がうつ病になる傾向があると言われています。(詳しくはオプティミストはなぜ成功するかをご覧ください)

  1. この逆境は自分が原因で起きた(ネガティブな出来事を自分が原因で起きたと説明する習慣がある)
  2. この逆境はいつまでも続く(ネガティブな出来事が一時的ではなく、長くあるいは永遠に続くと説明する習慣がある)
  3. 今回起きた逆境は自分のあらゆる場面で起きる(一つのネガティブな出来事に出くわすと、そのネガティブな出来事が自分のあらゆる場面で起きると説明する習慣がある)

先ほどの「仕事でミスをした」を例とすると次のようになります。
1. 自分が原因でミスが起きた
2. この悪い状況がずっと続く
3. やっぱり俺は何をやってもダメなんだ

特に1〜3の全ての説明スタイルを持っていると、うつ病になる傾向が強いと言われています。確かに習慣的にこのように説明していると心の負担が大きいのが想像できますよね。また、1〜3の全てでは無くても一部を強く持っていることでうつ病になることもあります。うつ病まで行かなくても心が折れてしまう人も1〜3の全て、あるいは一部の説明スタイルを持っていると考えられます。
もちろん説明が正しいこともあるでしょう。仕事でミスした原因が自分であるということはありますし、だからこそ改善しようと考え行動し、その結果成長に繋がります。ただし、自分でコントロールできないこと、例えば他の人の問題や環境要因まで何でも自分を原因としてしまう人もいます。また「ずっと続く」とか「やっぱり俺は何をやってもダメ」はほとんどの場合事実では無いでしょう。そのように物事を正しく捉えられない結果、必要以上に心に負担をかけてしまうことに繋がります。
レジリエンストレーニングでは、自分の説明スタイルを知ること、そして偏った説明スタイルを変えたり、物事を正しく捉える訓練を行います。

さて、今回の事例「先の見えない暗闇を歩き続けている」ですが、説明スタイルの2「この逆境はいつまでも続く」のケースと考えられます。もしA君がレジリエンストレーニングを受けていて説明スタイルの知識があったり、説明スタイルを変えるスキルを持っていれば、心が折れることを回避できたかもしれません。また、A君の上司にレジリエンスの知識があれば、特に経験の浅いエンジニアと頻繁に会話をする機会を作ったり、プロジェクトの工程を丁寧に説明して「今はプロジェクトの忙しさもピークだけど、あと1ヶ月経てば落ち着くから」など、正しい知識を伝えることもできたと思います。大きなプロジェクトが初めてだと終わりが見えず暗闇を歩いている感覚に襲われることもあると思いますが、丁寧に説明することで先をイメージさせてあげることは可能だと思います。

もっと難しい仕事にチャレンジしたいとか、新しい夢を見つけたとか、前向きな考えで転職することは決して悪いことでは無いと思います。ただし、心が折れて会社を辞めてしまったり、うつ病になってしまうのは、本人にとっても企業にとっても、そして社会にとっても損失でしかありません。その損失を減らし、仕事に充実感を感じられる人を増やすため、これからもレジリエンスの知識そしてスキルを多くの人にお伝えして行きたいと思います。